師走の雪が音もなく積もる夜、隣町の温泉宿。 会社の忘年会で訪れたその宿で、私は自分の奥に眠っていた熱を、初めて知った。
上役を除いた若手と中堅、十二人での宿泊。一次会の笑い声は弾んでいたが、心の芯までは届かなかった。飲み足りず、盛り上がりきれない空気の中で、自然と「風呂でも行くか」となった。
動いたのは四人。私と後輩の奏太、響先輩、善先輩。 湯処へ続く長い廊下で、湯気の向こうに浴衣姿の女たちが四人、いた。年の頃は私たちと同じくらい。頰に朱を差し、髪は湯に濡れて柔らかく、視線を向けると、こちらを見透かすような目をしていた。
「こんばんは」
その一言で、空気が微かに揺れた。
ショートの女が、柔らかな笑顔で近づいてきた。目だけがどこか冷たく、火照っている。
「さっきの宴会、すごく楽しそうでしたね。私たち、隣の宴会場だったんです。全然つまらなくて」 「ねえ、あれって本当にあんな風に盛り上がるの?」
言葉の端々に、静かな渇きが混じっていた。息遣いの湿度から、何かを欲しているのが伝わってくる。
「このあと、部屋でちょっと飲み直すんだけど……」
響先輩がぽつりと呟いた。彼女たちはためらいもなく頷いた。
「少しだけなら、いいですよ」
彼女たちは、それが当然という顔で、私たちの部屋についてきた。 浴衣の裾が揺れるたび、湯上がりの匂いがふわりと香る。八畳の和室に男四人、女四人。缶を開ける音と、浴衣の布擦れだけが妙に静かだった。
「熱いね、この部屋」
誰かがそう言うと、女たちは笑って頷いた。部屋の温度だけの話ではなかった。視線が合うたび、沈黙の隙間に、皮膚の下の熱がじわじわと滲み出していく。
酔いがまわるにつれ、距離が縮まった。 先に動いたのは善先輩と、豊かな黒髪の想空さん。彼女は自然に彼の手を取り、「ちょっと、先に湯に浸かってくるね」と子供のような声で言った。すぐに奏太と唯斗さんも後を追う。浴衣の裾を押さえながら、ふたりだけの世界へ滑り込むように消えていった。
残されたのは、私と響先輩、玲さん、そして──陽奏。
妙な緊張が四畳半に濃密にたゆたっていたが、それも長くは続かなかった。響先輩と玲さんは、何の躊躇もなく見つめ合い、唇を重ね始めた。
布団の縁に腰掛けた私は、隣に座る陽奏の存在を意識する。ショートヘアの彼女は、無言のまま私の顔を覗き込んだ。
「……喉、乾いたでしょ?」
缶ビールを手渡しながら、彼女は私の手にそっと触れた。それだけのことだった。けれど、指先から火がついたように、身体の奥が脈打ち始めた。彼女の手は冷たいはずなのに、私の体温だけが一方的に高まっていく。
会話は途切れたまま、目が逸らせなかった。陽奏の細い首筋に、湯上がりの汗が残っている。視線がそこに吸い込まれ、呼吸が乱れる。
私はゆっくりと身を起こした。彼女も何も言わず立ち上がり、隣の布団部屋へ先に歩き出した。その後ろ姿に、何も言わずついていくしかなかった。自分がすでに「見られていた」ことを、彼女の背中が静かに告げていた。
部屋の戸が閉まった瞬間、空気が変わった。
言葉もなく、陽奏は振り返る。その目にはもう迷いはなかった。ゆっくりと膝をつき、浴衣の裾をめくり、静かに私の呼吸を奪っていく。柔らかい舌が触れた瞬間、私は自分の奥に、熱い核のようなものがあることを初めて知った。疼きが広がり、声にならない吐息だけが襖の隙間から漏れていく。
陽奏は私の身体をじっと見つめたまま、唇を濡らし、濡れた指で自らの腰帯をほどいた。一枚、また一枚。肌が露わになるたびに、私の喉が乾いていく。布団に押し倒された私を見下ろしながら、彼女は静かな声で囁いた。
「……ずっと、こうなると思ってた。あなたの中に、何か眠ってる気がしたの」
そして、跨る。 腰を沈めるたびに、何かが溶けていく。触れていない場所まで敏感になっていき、名前すら思い出せなくなるほど意識が遠くなる。彼女の吐息が耳を撫で、髪が落ちてくる。汗と髪の香りと、濡れた音が、まるで波のように部屋の中を何度も満たす。
「もっと……触れて。奥まで、ちゃんと、わたしのこと感じて。あなたの熱、全部、私に流して」
私は両手で彼女の腰を支えながら、その言葉の中にある渇きに触れた気がした。陽奏は私の名を、かすれた声で何度も呼んだ。それが本当の名前だったかどうか、もう思い出せない。でも、あの声の震えと、太ももに残った熱だけは、確かに私だけのものとして刻まれていった。
彼女が身体を震わせ、腕の中で痙攣する瞬間、私は自分の奥に眠っていたものが、静かに、しかし確実に目を覚ますのを感じていた。胸の奥が満たされていく。ただの快楽ではなく、誰かと深く触れ合うことで初めて知った、自分の中の熱だった。
夜が明けていた。カーテンの隙間から、青白い朝日が忍び込んでいる。陽奏は布団の端にうずくまり、眠るふりをしていた。私は彼女の背中に何も言えなかった。言葉にしてしまえば、すべてが壊れてしまう気がして。
襖を開けると、昨夜とは違う配置で布団が乱れ、男と女、八つの身体が、まるでひとつの残像のように転がっていた。
朝食の会場。誰も何も言わなかった。ただ、想空さんが小さく笑って言った。
「変な夢、見ちゃった」
女たちはそれきり、何も話さずに玄関をあとにした。
けれど、帰りのバス。 ポケットのスマホに、一斉に届いた四通の通知。
「また、逢いたいね」
そのメッセージを見たとき、陽奏の中の熱が、まだ私の中で脈打っている気がした。
春が来る前に、もう一度だけ、あの夜の続きを見てみたくなった。 自分の奥に眠っていたものが、まだ静かに、熱を持ち続けていることを、はっきりと自覚しながら。


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