少年野球のヘッドコーチが、父母会の人妻三人と過ごした一夜とその後
あれから二年近くが経った今も、あの夜の熱と匂いが、時折不意に蘇ってくる。
私は当時、地域の少年野球チームでヘッドコーチを務めていた。監督は起用法をめぐって父母会からたびたび詰問され、私はその窓口役を引き受けていた。苦情対応は煩わしかったが、チームを円滑に回すためには必要な役目だった。
そんな折、六年生のレギュラーで三番を打つ少年の母親・陽子さんから、野球以外の相談を持ちかけられた。陽子さんは父母会の副会長で、監督やコーチ側の事情を理解してくれる数少ない保護者の一人だった。最初は息子の思春期の変化についてだった。夜中に布団の中で何かをしている気配がする、と。思春期特有のものと答えて話を切り上げようとしたが、酔いの席だったせいか、話は自然と彼女自身のことに移っていった。
「もう五年近く、夫とは一度もありません。体がどうにかなりそうで……」
夫婦の問題に第三者が介入できるはずもなく、私は曖昧に相槌を打ってその場をやり過ごした。ところが翌週、陽子さんから直接連絡が入った。「今度は三人で話を聞いてほしい」と。断る理由も見つからず、指定された居酒屋へ向かった。
店には陽子さんのほか、智子さんと裕子さんの二人がすでに席についていた。三人とも四十代前半の、息子たちが同学年の母親たちだ。最初は野球の話題かと思ったが、すぐに夫との関係の話になった。酒が進むにつれ、普段は口にしないような細かな不満が次々と溢れ出る。相手の大きさや持続時間、愛撫の拙さ。男同士ではまず交わさない内容に、私は耳を赤らめた。
二軒目は、その日夫と子供が旅行に出ているという智子さんの新築の家になった。まだ木の香りが残るリビングで、さらに酒を重ねた。誰からともなく「罰ゲーム付きのじゃんけんをしよう」という提案が出た。負けた者が一枚ずつ服を脱ぐ。単純なルールだったが、すでにかなり酔っていた私は、流れに乗ってしまった。
最初に負けたのは私と智子さんだった。智子さんはブラウスを脱ぎ、下着姿になる。私はシャツを脱いだ。視線が絡む。次に私が連敗し、上半身が裸になった。智子さんもブラジャーを外し、腕で胸を隠したまま座っている。部屋の空気が明らかに変わった。
「負けたほうは、勝ったほうの言うことを一つ聞く、というのはどう?」
裕子さんがそう提案したとき、三人の目が私に集まった。私はすでに下半身が硬く張りつめているのを自覚していた。次のじゃんけんで私は勝ち、智子さんに「手で触れて」と命じた。彼女の指が慎重に私の熱い部分を包んだとき、陽子さんが小さく息を吞んだ。
次の勝負で私が負けた。陽子さんが「口でして」と静かに言った。彼女は膝をつき、慎重に唇を寄せた。熱い舌がゆっくりと這い、吸い込む。五年ぶりの感触だという彼女の声が、震えていた。「こんなに大きいなんて……久しぶりすぎて、欲しくなってしまう」。智子さんと裕子さんも傍らに寄り、眺め、時折指を添える。私はただ仰向けに寝そべり、理性が徐々に溶けていくのを感じていた。
陽子さんが自ら私の上に跨がってきた。下着を横にずらし、ゆっくりと沈み込む。熱い粘膜が私を包み込み、彼女の腰が小さく震え始めた。「あ……この感触、本当に久しぶり……」。彼女は次第に腰を大きく動かし、声を押し殺すように漏らし始めた。智子さんが私の顔に跨がり、敏感な部分を押しつけてくる。「舐めて。気持ちよくして」。裕子さんは傍らで自らの体を慰めながら、二人の様子を見つめていた。
陽子さんが先に絶頂に達した。腰が跳ね、内部が強く締めつけられる。すぐに智子さんが入れ替わり、同様に沈み込んだ。彼女はより大胆に腰を振り、「主人よりずっと……」と喘いだ。陽子さんは今度は私の顔に戻り、再び感度の高い部分を押しつけ、私の舌を求めた。裕子さんが最後に近づき、自ら私の上に乗ってきた。乳首を強く吸われると彼女は声を上げ、すぐに奥深くまで受け入れた。三人の熱と汗と甘い匂いが混じり合い、私は限界を迎えた。急いで抜き、智子さんの腹部に白い熱を放った。
全員が裸のまま、しばらく床に横たわっていた。陽子さんが私の耳元に唇を寄せ、「また、してくれる? 今度は二人だけで」と囁いた。私は頷いた。
その夜を境に、陽子さんだけは私との関係を続けている。彼女は「もう夫とは必要ない」と言い、私は妻との行為より遥かに深く満たされる日々を過ごしている。彼女は五年分の空白を、私の体で埋めようとしているようだ。そして私もまた、あの夜に目覚めた抑えていた欲求を、彼女との時間の中で静かに手放せないでいる。
あの野球拳に負けた私は、結果としてすべてを得たのかもしれない。


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